好きになっていいの?

そんなこと問い掛けても、無駄だと分かってるのに。
















彼を好きになったのは、いつだったろうか。
レナンカンプの地下で初めて会った時は、別に何も思わなかった。
気にはなっていたけれど、好きという意味では全然なかった。
あの時はめまぐるしく起こった出来事に混乱していて、そしてオデッサという女性の在り方に衝撃を受けて。
「…いつだったのかな」
呟いても、答えがでてくるわけがない。
解放軍本拠地に彼がやってきてから、正直自分と彼の間にいい思い出はない。
だが自身は彼のことが嫌いではなかったし、彼が自分に強くあたるのも当然だから。
をリーダーとしてふさわしいかどうかを見極めようという視線は痛かったけれど。
「今は、ものすごく優しいけどね」
小さく笑いがもれて、はゆるりと目を閉じる。
 グレミオのあの一件から、自分をリーダーとして認めてくれてからは、彼の態度は一変した。
元々面倒見の良い性格なのだろうが、今までのことが嘘だったのではないかと思いたくなるくらいに今は優しい。
――――それは多分、オデッサに向けられていたもの以上だろうとは思う。
 のことを子供だと、彼は言った。
グレミオを亡くしても泣けない自分に、彼は淡々と「お前は子供だ」と言ってくれた。
淡々としていたのは、フリックの言葉が同情からの言葉でも慰めの言葉でもなかったからだ。
ただ本心から、フリックはを子供だと言った。
その言葉がどれほど嬉しかったか、多分彼自身は気づいていないのだろうけど。
とても嬉しかった反面、同じくらい胸が痛くなったことを知らないだろうけど。
「………」
屋上の風が前髪を揺らして、服までもパタパタと揺れる。
心地よいそれを受けながらも、は苦笑した。
フリックがに優しいのは、が子供なのに軍主を務めているからだ。
が子供でなければ、彼はきっとこんなには優しくなかったのではと思う。
子供だから、オデッサに向けられていた優しさよりも優しい。
優しさとともにオデッサに向けられていた愛情が、にはないから。
だから、優しいのだ。
オデッサに勝る優しさを向けてくれるのは、が子供で、仲間だとしか見ていないから。
「…皮肉、だなぁ…」
フリックは今もオデッサを想っている。
も惹かれた、あの強い女性を。
好きだとかそういう感情ではなかったが、人としてみんなを惹きつける女性だった。
今も、こんなにもの心の中に残っている。
解放軍軍主としての目標の人、そしてあんなにもフリックに愛されている人。
「…皮肉、だ…」
胸が痛い。
服の上から手で押さえてもその痛みが消えることもよくなることもない。
軍主の時は、どんな言葉を投げられても痛くなかった。
軍主の仮面をはがしてくれた時は、彼が自身を見てくれたことが嬉しかったのに。
わずかな時間でも 自身に戻れるようになって、子供として接してくれたことが嬉しくて、そしてそのせいでこんなに痛みを感じるようになるなんて。
本当に皮肉だ。
優しくされてとても嬉しいのに、『子供』に向けられたその優しさに胸が痛いなんて。
「…っ……」
涙がこぼれて、足元に落ちる。
屋上の風は強いはずなのに、の頬が乾くことはなくて。
「…痛い…」
胸が痛い。
優しくされるたびに、どうしようもなく痛くなる。
彼のことを想うだけでこんなにも。
彼の態度が、変わるなんてことは絶対にないのに。
それでも、彼を好きだという気持ちをなくすこともできなくて。
涙があふれて、胸の痛みも増していく。
どうすることもできないと分かっているのに。
彼のオデッサへの気持ちも、の彼への気持ちもどうにもならない。
いつから彼を好きになったのかも分からないほど、この気持ちは大きくなっていて、もう痛みしかないのだ。
「っ…」
―――フリック、と。
呼べたらどんなにいいだろう。
泣いている自分を見たら、彼はきっと心配してくれる。
優しい声で名前を呼んでくれるのだろう。
しかし、それも胸の痛みをひどくするだけだ。
「…っう……」








好きになってもいいの?

そんなこと問い掛けても、無駄だと分かってるのに。



好きすぎて、仕方ないのに―――。

















の泣き声は、屋上の風に吹き消されて。
この頃辛い表情をよく見せるを心配して探していた、フリックには聞こえなかった。























2004 1 27
この後フリックはルックに『切り裂き』とかされるといい。
ご精読ありがとうございました。